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盛岡地方裁判所 昭和60年(わ)85号 判決 1987年10月07日

国籍

朝鮮

住居

岩手県北上市常盤台一丁目一番五九号

パチンコ店経営

滝本こと金成萬

一九二二年八月一八日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官山本信一出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年四月及び罰金七〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、岩手県釜石市中妻町一丁目二〇番二五号に「朝日会館」同県下閉伊郡山田町川向町七番六号に「山田朝日会館」、同県下閉伊郡山田町織笠第一二地割二番地八六号に「ニュー朝日」の各店舗を設け、パチンコ遊技場を経営しているものであるが、所び税を免れようと企て、売上金の一部を除外し、架空人名義で預金するなどの不正手段によって所得を秘匿した上

第一  昭和五六年分の総所得金額が別紙一(一)記載のとおり七、六四九万二、三六九円で、これに対する所得税額は四、二一一万三、一〇〇円であるにもかかわらず、昭和五七年三月一一日、同県花巻市材木町八番二〇号所在の花巻税務署において、同税務署長に対し、総所得金額は八三一万九、三四八円であって、これに対する所得税額は一三五万九、七〇〇円である旨虚偽の確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、所得税四、〇七五万三、四〇〇円を免れ、

第二  昭和五七年分の総所得金額が別紙一(二)記載のとおり二億四、九六八万一、七〇一円でこれに対する所得税額は一億七、一七五万五、四〇〇円であるにもかかわらず、昭和五八年三月一一日、前記花巻税務署において、同税務署長に対し、総所得金額は一、四七三万六、五三七円であって、これに対する所得税額は三九〇万七、一〇〇円である旨虚偽の確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、所得税一億六、七八四万八、三〇〇円を免れ、

第三  昭和五八年分の総所得金額が別紙一(三)記載のとおり二億〇、三〇五万九、九三八円でこれに対する所得税額は一憶三、六七四万〇、二〇〇円であったにもかかわらず、昭和五七年三月一一日、前記花巻税務署において、同税務署長に対し、総所得金額は二、八四六万九、七四〇円であって、これに対する所得税額は一、一〇一万五、九〇〇円である旨虚偽の確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、所得税一億二、五七二万四、三〇〇円を免れ、

た(税額の算定は別紙二(一)ないし(三)記載のとおり)ものである。

(証拠の標目)

一  第一、一五回公判調書中の被告人の供述部分

一  被告人の検察官に対する各供述調書

一  第三、四、一二回公判調書中の証人瀬尾みえの供述部分

一  第五回公判調書中の証人小山勝彦、同中村信一郎、同白田正広の各供述部分

一  第六回公判調書中の証人及川義尊の供述部分

一  第七回公判調書中の証人及川陸子の供述部分

一  第八回公判調書中の証人望月聖子の供述部分

一  第九回公判調書中の証人阿部弘幸、同小山勝彦の各供述部分

一  第一〇回公判調書中の証人矢部貞夫の供述部分

一  佐々木留司、矢口泰之、田中仙吉及び古川フミの検察官に対する各供述調書

一  国税査察官作成の各調査報告書

一  大蔵事務官作成の売上調査書、雑収入調査書、仕入調査書、換金用景品仕入調査書、各必要経費調査書、借入金調査書、各譲渡所得調査書、配当所得調査書、出資金調査書、雑所得調査書、各貸付金調査書、修正損益計算書、各脱税額計算書、各銀行調査書

一  安藤孝憲、井戸田晟、上野正実、佐々木明、昆野貞、高宮由利雄、加藤順一、大村善一郎、高橋亨(但し「「本日滝本成萬様の取引について云々」と題するもの)、花崎明美、三浦哲雄、千葉裕子、菊池久美男、阿部洋子、西川幸寿、中畑文一、松藤捨五郎、三浦栄子、松草隆弘、東海林丈男、晴山博、東海林栄治、堀合源祐、小野寺弘太郎、岩井賢一、川端セイ子、金沢祥記、番田ツ子、石村重喜、中田節枝、内海紀代子、玉沢繁行、大久保桂子、加藤広一、金森伸夫、出羽洋子、千葉あき子、武藤多恵子、佐々木宗吉、高橋剛、山崎洋雄、石上比三行、島田健太郎、佐々木基、板垣悦子、田中かよ子、高橋三枝、丹羽鋭、大谷清、松永富已雄、阿部謙一、千葉清十郎、佐藤芳子、伊藤辰郎、中村ノリ子、堀内時子、朴賢進、岩間幸子、武田昭子、阿部丑身、平岡三正、佐藤弘、米山今朝明、佐々木幸子、鈴木照子、瀬川ヨシ子、岩持正見、西出昇、鳴瀬イチ子、渡辺福士、小笠原秀一、高橋精一、藤原英典、山崎福蔵、小野博史、吉田音彦、高橋祥英、佐々木淳一、岩浅靖子、菊池武夫、昆政一各作成の各取引内容照会に対する回答書

一  木村光子、本宮愛子、金野英夫、中村正子、菊池樹江子、宮園隆昭、新海茂、柳保、市川信正、野村康司、大西秀明、三浦祐三、菅原和年各作成の各上申書

一  宮古、花巻、釜石各県税事務所長、釜石市長各作成の地方税の納付状況照会に対する回答書

一  釜石市水道部長、東北電力株式会社宮古営業所長、花巻電報電話局長、山田電報電話局長各作成の各公共料金の納付状況照会に対する回答書(水道、電気、電話に関するもの)

一  検察事務官作成の各報告書(但し昭和六〇年六月七日付のものを除く)

一  東北銀行釜石支店長田中士郎作成の各証明書

一  押収してある金銭出納帳一冊(昭和六〇年押第四五号の二〇)、現金出納帳三冊(同押号の二一ないし二三)、「売上帳」と標題の金銭出納帳、「ニュー朝日」と表記の集計用紙各一冊(同押号の二四、二五)、破棄された普通預金通帳(佐藤健治名義)一八片(同押号の二六)、出納帳、経費帳各一冊(同押号の二九、三〇)、月別決算集計メモ一〇枚(同押号の三一)、収支決算メモ一綴(同押号の三五)、御通帳五冊(同押号の五五ないし五八)、ニュー朝日と表題のあるルーズリーフノート一冊(同押号の五九)、御通帳一冊(同押号の六六)、朝日会館業務内容明細書三綴、諸経費(各年決算書)三綴、昭和五九年一月分決算書二枚、経費明細帳二冊、アウトプットデータ一一綴、給料明細の書いてある集計用紙一冊(同押号の六八ないし七三)、ルーズノート(「娯楽利用税」、「菊丹ハイミー」と書いているもの及び無表題のもの)三綴(同押号の七四の一ないし三)、金銭出納帳二冊(同押号の七五)、請求書等箱入り五綴、同三枚、同六枚、送り状等一綴、請求書等一三枚、納品書二枚、「入日記」と題する書面一枚、領収証等一綴(同押号の七六の一ないし八、以上は検察官が請求番号二五九で請求書等一二綴(箱入り)として請求したもの)、領収証等一綴、請求書等四綴、請求書等の書面計一六枚(同押号の七七の一ないし一〇、以上は検察官が請求番号二六〇で請求書等一箱(箱入り)として請求したもの)、請求書等五綴と一枚(同押号の七八の一ないし三、以上は検察官が請求番号二六一でご請求書等四綴として請求したもの)、請求書等二綴及び一〇枚、給料支払明細書七冊(同押号の七九の一ないし六、以上は検察官が請求番号二六二で請求書等入紙袋一袋として請求したもの)、納品書等一綴(同押号の八〇)、領収証等(茶封筒入り)一綴(同押号の八一)、領収証二枚(同押号の八一の一、二)給与支払明細書五冊(同押号の八三の一ないし五)、同(茶封筒入り)四〇枚(同押号の八四)、コンピューターアウトプット資料(売上)二綴(同押号の九四)、売上損益集計表四枚(同押号の一〇四)、所得税の確定申告書(五六年分)、同(五七年分)、同(五八年分)各一枚(同押号の一〇五ないし一〇七)、売上メモ等一綴(同押号の一〇八)、現金出納帳一冊(同押号の一〇九)

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも、所得税法二三八条一項に該当するところ、いずれも所定の懲役刑と罰金刑とを併科し、かつ、各罪につき情状により同条二項を適用することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四五条前段、四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年四月及び罰金七、〇〇〇万円に処し、同法一八条により、右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文により全部被告人に負担させることとする。

(事実認定の理由)

一  釜石店における昭和五八年六月ないじ八月の売上額確定にかかる推計計算について

1  当裁判所は、本件公訴事実第三の昭和五八年の被告人の総所得金額が二億〇、七二〇万六、五三八円とあるのを二億〇、三〇五万九、九三八円に、四一四万六、六〇〇円減額して認定したため、それに併い、被告人が不正の行為によって免れた所得税も一億二、五七二万四、三〇〇円となって、公訴事実より三一一万〇、二〇〇円下回ることになった。それは、釜石店における昭和五八年六月ないし八月の売上額の確定にかかる推計計算につき、大筋においては検察官の主張する方式を相当なものと認めたが、その平均売上除外率を若干減じてこの方式を採用したからである。以下検察官、弁護人双方の推計計算に関する主張について断定する。

2  検察官は、釜石店の昭和五八年六月ないし八月の売上額確定につき、これを直接証明すべき証拠がないとして、次のような推計計算を用いて、これを確定している。すなわち、

(1) 他の証拠により同年一月ないし五月、九月ないし一二月の実際の売上が確定し、又六月ないし八月を含む全期間につき帳簿上被告人が当時売上として公表した金額(公表売上額)が明らかであるので、一月ないし五月、九月ないし一二月分につき実際の売上額から右期間の公表売上額を控除して右期間の各売上除外額を算出する。

(2) この売上除外額を実際の売上額で除して右期間内の各月の売上除外率を算出し、このうち繁忙期で売上が上り、売上除外額も多くなるであろう一月と一二月分を除外した残りの二月ないし五月、九月ないし一一月の七ケ月分の売上除外率を基礎として一ケ月の平均売上除外率二四・四%を算出する。

(3) この平均売上除外率に基づき、六、七、八月の各月の公表売上額を一マイナス〇・二四四をもって除することにより得られた数値を各月の推計売上額とする。

以上のような計算方法に従えば、別表A「検察官方式による推計計算表」のとおり、六月が六、二四三万八、四〇〇円、七月が六、三二六万四、四〇〇円、八月が六、二八四万三、五〇〇円となる。

3  これに対し、弁護人は、パチンコ営業は年間を通じ各月の売上は一定せず、季節や機械の入替、同業者である他店の営業状況等により売上が左右されるものであり、これを本件についてみると、(1)昭和五八年五月に釜石店の真向いにある他店が新規パチンコ台「フィーバー」を導入したので釜石店の客足が減少し、売上が六、七月でかなり減少したのに、売上除外率の算出上このことが考慮されていないこと、(2)同年三月釜石店で機械の入替をしたり、三、四月にかけて出玉をよくし、換金率を高くしたので、四月は繁忙期の一月をしのぐ売上があったことなど四月、五月は総じて異常な売上額の増加があったことから、四月、五月を平均売上除外率の算出基礎から除外すべきであるのにしていないこと等から、検察官の推計計算方法は不合理であるとし、後記の税理士宗像日出雄の推計計算方式(宗像方式)を相当として援用している。

この宗像方式は、証人宗像日出雄の証言、同人作成の申告所得税の審査請求書によると次のとおりである。

(1) まず証拠上確定される実際の売上額を基礎として昭和五七年と五八年の各一月を一〇〇%とすれば他の月が何%にあたるかといういわゆる売上指数を算出し、五七、五八年を比較すれば、別表B(一)「釜石店における売上指数表」の通り、二、三、九、一〇、一一月が大差なく平均化し、五八年の実額をみても大体六〇〇万円ないし八〇〇万円五七年より増加している。

(2) 五八年四月、五月の売上の上昇は、三月のパチンコ機の新台入替という特殊事情によるものであるから、総じて通常の経営努力をしていれば、新台の入替以外の事情によっては売上は変るものでないので、五八年六、七、八月についても、五七年六、七、八月の売上指数で計算するのが相当である。

(3) そうすれば、別表B(二)「釜石店における売上指数による五八年六、七、八月売上表」のとおりとなり、五八年六、七、八月の売上も五七年の当該月と対比して大体六〇〇万円ないし八〇〇万円増加の枠の中に入り、前記の実額と符合する。

(4) これに対し、検察官方式で計算すれば、五八年の六月が一、三四二万円、七月が一、三八三万円と五七年の各月より増加し、前記の六〇〇万円ないし八〇〇万円の枠を大幅に上回っており(別表B(一))、しかも五八年三月の新台入替の影響が除々に弱まっていくとみられるのに、六月の増加額が五月の増加額一、二六八万円よりも上回っていることは不合理であり、逆に八月が、お盆の繁忙期であるにもかかわらず五七年八月より三五〇万円しか上回っていないことも同様に不合理である。従って、六、七月は過大推計で、八月は過少推計であるといわなければならない。

(5) そうすると、五八年六、七、八月の売上は、五七年の売上指数である六月八〇・九%、七月八一・六%、八月九七・九%をもって推計すべきであり、結局六月が五、五七五万〇、八五九円、七月が五、六二三万三、二五二円、八月が六、七四六万六、一二〇円となる(別表B(二))。

4  (一)逋脱税事犯における逋脱所得の確定は、証拠によってその実額を認定することによらなければならないことはいうまでもないが、直接その実額を証明する証拠がない場合、間接事実を基礎にした推計計算によってできるだけ実額に近いいわゆる「部分実額」を合理的な疑いをいれない程度に証明し、これをもって逋脱所得を確定することも一般的に容認されているところである。そのためには、推計の基礎となる間接事実の確定がなされ、それを前提にしての推計に合理性がなければならない。本件において推計を要するのは昭和五八年六、七、八月分についてだけであるから、その基礎となる間接事実としては、他の月における主要事実である売上額や年間を通じて帳簿上売上と認められる金額等が主要なものとしてあげられる。そして、これらの事実については、本件証拠上(主として証人瀬尾みえ、望月((旧姓金沢))聖子の各証言、「月別決算メモ」一綴((検察官請求証拠関係カード番号二一四、以下書証の番号は右カードの番号を指す))、「収支決算メモ」一〇枚((二一八))、「現金出納帳」一冊((二〇六))等があげられるが、特に瀬尾証言は本件全般にかかる中核的証拠であって、十分信憑性がある)優に検察官の主張どおり認定することができる(別表A)。

(二)そこで問題は推計計算の合理性についてであるが前記のとおり検察官方式も宗像方式も、いわゆる本人比率法による計算方法で、本件においては推計の基礎となる資料も多く存在することもあって、右両方式とも一応の合理性があるといわなければならないが、進んでこれらのうち、どちらにより合理性があるかについて検討する。

(1) 宗像方式では、たしかに五七年と五八年の各一月の売上を一〇〇%として五七年三月、五八年三月、一一月の新台入替(なお新台入替状況については争いがなく証拠上別表E「パチンコ台の入替状況表」のとおり認定される)の影響という特殊事情のない各二、三、九、一〇、一一月の売上指数を五七年と五八年で対比すれば、すべて八〇%台に並び、各年の当該月の指数の差も〇・四%ないし二・八%と僅少であって、平均化しているといえる(別表B(一))。しかし、これを山田店についてみると、別表C「山田店における売上指数表」のとおり、五七年、五八年の各一月を一〇〇%とすれば、各月の売上指数は四九・三%ないし九五・六%とかなりのばらつきがみられ、更に各月ごとに五七年と五八年を対比しても、三月で一一・二%、九月で一七・二%、一〇月で一八・八%、一一月で一二%、一二月で一六・二%の差などとかなりの差が見られ、しかも特に釜石と山田で客足の変動に特徴的な傾向があるということや又営業上特殊な差があったという証拠も存しないのである。又釜石店の売上指数の平均化しない四、五、一二月が、三月、一一月の新台の入替があったという特殊事情によるからだといっても、五七年三月にも一〇〇台もの新台入替があるのに四、五月が二、三月よりそれほどの高い比率を示しておらず、更に山田店においては五八年三月に四八台新台入替をしたのに四月の売上はかえって減少していることなどから、新台の入替のみならず、他の浮動的要素に左右された結果だとも考えられる。これらのことから、釜石店における前記のような二、三、九、一〇、一一月の平均化というのは多分に偶然の現象ではないかと考えられないこともないのである(なお釜石店の五六年については、三月にフィーバーが導入されたことや機械の入替がひんぱんになされたことから一月と三月以降の月とは対比できない)。

(2) 宗像方式では五八年の事情が影響を与えるのは一月の売上の確定に対してのみであって、他の月には全く影響を及ぼさず、折角証拠上確定されている五八年六、七、八月の公表売上額が何ら生かされていないことから不合理であるというべきである。

(3) 宗像方式により、五七年の売上指数をもって、五八年一月を基礎として五八年の右各月の売上を計算すれば、別表D「宗像方式による算出額と実額表」のとおりとなって、証拠上認められる実際の売上より三、一九五万円少なくなり、ちなみに四、五、一二月を特殊事情があるものとして除いても一、五五一万円少なくなることは、やはり不合理さを免れない。

(4) 宗像方式には以上のような疑問点が存するが、これに比して検察官方式では、五八年における実際に証拠上確定される各月の売上額と被告人の売上除外額とを基礎として、後者の前者に対する割合(売上除外率)を算出しているのであるから、この限りにおいて各月の特殊事情を加味しているということができ、更に平均売上除外率の算出には、比較的率の高い月を除外(後記のとおりこの点で不十分の所があるが)しており、そして得られた平均除外率と六、七、八月の証拠上確定される公表売上金額とを基礎にして別表Aのとおり六、七、八月の売上額を推計しようとするものであって、宗像方式と比較してより緻密な考慮が働いているといえよう。

(5) 弁護人の主張及び宗像証言(同人作成の前記書面も含む)によれば、検察官方式では、五八年一、一二月の繁忙期以外の三月の大幅な新台入替による四、五月の特殊事情を無視しているとしているが、検察官方式では四、五月をも含めて証拠上確定される売上額と売上除外額を基礎にして売上除外率を算出しているのであるから、無視しているということにはならない。又宗像証言によれば、検察官方式では六月が一、三四二万円、七月が一、三八三万円五七年の当該月より増加しているのは過大推計であり、逆に八月がわずか三五〇万円しか増加していないのは過少推計であるということであるが、六、七月の点については、既に証拠上四月が一、八三九万円、五月が一、二六八万円と五七年の四、五月より増加しているのであるから、これを六、七月で一挙に宗像方式でいう平均増加額六〇〇万円ないし八〇〇万円台に下げるには余程の事情がなければならず、宗像方式では六月が五月より一、〇〇〇万円も減少したことになっているが、仮に他店のフィーバー導入のことを考慮してもやはり問題があるのではないかと考えられる。従って、六、七月を一、二〇〇万円台の増加に推計するのはあながち不当ではなく、後記の当裁判所のように検察官方式の売上除外率を検察官主張の数値より若干下げて、二二・七%として計算すれば、六月が一、二〇五万円、七月が一、二四四万円の増加となって、五月の一、二六八万円より少なくなるので宗像証言からの批判は必ずしも当らないことになる。又八月の増加額がわずか三五〇万円にすぎないという点については、八月が繁忙期であって売上が比較的伸びるということは一般的にいい得ても、実際上は釜石店の五六年、山田店の五七年では必ずしもそれほどの伸びでもなく、山田店の五八年にいたっては八月がかえって七月より減少しているのであって、このことにてらしても、釜石店の五八年八月を必ずしも七月より増加するように推計しなければならないわけではない。そして現実には、たまたま五七年八月が六、七月よりも一、〇〇〇万円の増加になっているため、結局五八年八月が五七年八月よりも三五〇万円の増加にとどまったのであって、だからといっても、検察官方式の八月の推計額が、七月よりも若干少なくなってはいるが、二、三、六、九、一〇、一一月よりは多くなっているのであるから、八月には売上が増加するという一般的な前提はくずされていないのである。このようなことから、検察官方式は多少の問題点があることは認められるとしても売上除外率による推計方法そのものに疑問を抱かせるまでにはいたっていないといわなければならない。

(6) そこで、当裁判所としては、基本的には検察官方式の方が宗像方式よりも合理性が高いと認めるものであるが、ただ検察官主張の売上除外率の算出方法に若干疑義を抱くものである。すなわち、検察官は、実際の売上額と被告人の除外額とが証拠上確定されている五八年一月ないし五月、九月ないし一二月の売上除外率を算出した上、その中から繁忙期であって一般的に売上が多いとみられる一月と一二月を除く二月ないし五月、九月ないし一一月の売上除外率を基にして平均売上除外率を算出しているが、別表Aのとおり二月の売上除外率も売上が特に多くもないのに三五・五%と、一二月をしのぎ、一月に次ぐ高数値となっているから、その原因は明らかではないが、これも特別のものとして平均売上除外率の算出の基礎から除外すべきではないかと考える。このように、できるだけ控え目に推計するのが直接証拠がなく間接事実を基礎にして逋脱所得を推計する上で、合理的な疑いを入れない程度の証明に近づくということになるといわなければならない。そうすると、三月ないし五月、九日ないし一一月の実際の売上額合計が三億六、七八二万一、七八〇円、公表売上額合計が二億八、四二五万三、九〇〇円であるから、売上除外金額合計額は八、三五六万八、八八〇円であり、これを実際の売上合計額で除してパーセンテージを求めれば、二二・七%となり、これが平均売上除外率となるので、検察官主張の二四・四%より、一・七%低くなる。

5  以上の次第であるから、当裁判所は平均売上除外率を二二・七%として検察官主張の推計計算方式を相当と認めるので、その方式に基づいて計算すれば、五八年六月が六、一〇六万五、三〇〇円、七月が六、一八七万三、〇〇〇円、八月が六、一四六万一、四〇〇円となり、右各数値をもって、右各月の売上額と認めるものである。そうすれば、冒頭記載のとおり、結局昭和五八年の総所得額も二億〇、七二〇万六、五三八円に減額され、被告人がその不正な行為により免れた所得税額も一億二、五七二万四、三〇〇円となって、公訴事実より三一一万〇、二〇〇円下回ることになる。

二  山田店の売上について被告人弁護人は、山田店における売上を争っているので検討する。

1  右の立証に供せられるべき主な証拠としては、当時山田店々長であった及川義尊(以下「及川」という)同人の妻で同店事務員をしていた及川睦子(以下「睦子」という)、前記の瀬尾みえの各証言及び及川作成の「朝日会館業務内容明細書」三綴(以下「業務内容明細書」という)(二五一)、同じく同人作成の「諸経費(各年決算書)」三綴(以下「決算書」という)(二五二)、瀬尾、睦子各作成の「現金出納帳」二冊(二〇五、三〇六)、「コンピューターアウトプットデータ」一綴(二五五)などがあげられる。このうち、書証の「業務内容明細書」(二五一)は正規の帳簿用紙を使用しているが表紙がなく帳簿の体をなしていないが年別にとじられている(五八年分はコピー)もので、昭和五六年一月から五八年一二月までの一日ごとの売上金と戻り金(客が換金した金額)が記載されており、「決算書」(二五二)は市販の集計用紙が使用され、五一年一月から五四年九月まで、同年一〇月から五七年一二月まで、五八年一ケ年と各綴になっていて(五八年分はコピー)、各月のパチンコ総売上総戻り金、雀球総売上(五六、五七年のみ)、コーラ売上等の雑収入などの収入や、税金、水道光熱費、人件費などの諸経費などが記載されており、現金出納帳の一冊(二〇五)は瀬尾みえ作成の正規の帳簿であって、五八年九月一日から五九年三月二四日までの一日ごとの売上(不鮮明なゴム判の印影のある欄)や換金用商品仕入代金その他の経費支払が記載されており、他の一冊(三〇六)は睦子作成の正規の帳簿で五八年八月一日から五九年三月二五日の一日ごとの買上や換金用商品仕入代金その他の経費支払が記載されており、コンピューターアウトプットデータ(二五五)は五八年八月一七日から五九年三月一六日までの毎日の売上が打刻されている。

これに対し被告人弁護人は、特に及川証言、「業務内容明細書」、「決算書」につき信憑性を争い、その根拠として及川は以前店の売上を着服したことがあったことから信をおけない人物であり、右各文書は存在する筈のないもので、同店建物二階の及川の自室にあったのを国税局査察官の捜索によって発見押収されたもので、正規の同店の業務に関する文書ではなく、又及川はこれら文書を隠し持っていると他人に述べたりして何か画策していたことは明らかであると主張している。

2  よって検討するに、及川証言によれば、同人が右「業務内容明細書」、「決算書」等を作成保管するにいたった事情は次のとおりである。

(一) 及川は山田店々長として、売上の変化によりパチンコ機械の釘の調整を行なうためや、月に一、二度訪れる経営者である被告人に業務内容や営業成績を報告するため、及び同人が雇用条件として固定給の他に同店の収益の一定割合を歩合給として受給できることになっていたのでその歩合給を算出するためなどの資料として正規の現金出納帳とは別に、本件以前から本件時を通じて前記のような「業務内容明細書」、「決算書」等の文書を作成し、保管していた。なお、正規の現金出納帳は、五五年夏頃、及川が売上の一部を着服していたことが発覚したため、これまで同人が作成したのを、以後同人の妻睦子が代って作成することになったが、及川はその後も前記のような「業務内容明細書」や「決算書」は引き続いて自ら作成していた。

(二) これらの文書の作成過程は、「業務内容明細書」の売上については、昭和五六年一〇月コンピューターが導入される以前は、店の終了後玉貸機の数字に基づいて、又コンピューター導入後はコンピューターアウトプットデータ(その一部が二五五)の数字(又はこれらを書き写した睦子のメモ)に基づいて記載し、「決算書」については、そのうちパチンコ売上については、「業務内容明細書」に基づいて、五六、五七年の雀球売上については、当時別の業務内容明細書を作成していたので、それに基づいて、雑収入や諸経費については、自ら作成していた経費明細帳(二五四)(「経費台帳」)に基づいて、その他全般にわたって睦子が当時作成していた現金出納帳に基づいて、月別に集計して記載した。このような作成過程は、五八年八月以降現金出納帳が釜石支店の経理係である瀬尾により作成されるようになってからでも、睦子が瀬尾にならって同じ内容の現金出納帳(三〇六)を作成して及川の「決算書」作成の資料に供したこともあって、変ることはなかった。

(三) 及川は、「業務内容明細書」や「決算書」を被告人が月に一、二度同店を訪れた際被告人の閲覧に供し、又五五年八月以降瀬尾は山田店に赴き、同店の業務監査を行なっていた。

(四) 及川は、被告人から「業務内容明細書」や「決算書」を用済みの後は廃棄するようにいわれていたが、山田店の業務運営には過去の収入経費等のデータが必要であることから、被告人の意に反して、これらを保管していた。以上のとおりである。

3  次に右のような及川証言の裏付けについて検討する。

(1) 「業務内容明細書」の五八年八月一七日から同年一二月末日までの売上が、争いのない書証であるアウトプットデータ(二五五)の当該期間の各日の売上と一致する(但し八月二九、三〇、三一日の分はアウトプットデータには表示されているのに「業務内容明細書」にはないが、記載漏れと認められ、又前者には一〇月六日として表示されている金額が後者では一〇月五日として記載されているが、金額自体には変りはない)。又「決算書」の雑収入や各種経費科目が、同じく争いのない書証である雑収入調査書(一四)(但したばこ歩戻金を除く)、仕入調査書(二〇)、換金用景品仕入調査書(二一)、必要経費調査書(二七、五四、七三、一〇五、一二五)などに引用されている取引先関係者が作成した資料、銀行調査(一五〇)、五八年八月以降につき各現金出納帳(二〇五、三〇六)などにほぼ一致する。

特に主な営業経費である換金用商品の仕入金額についてみると、佐々木留司、矢口泰之の各検察官調書によって「御通帳」(二三九)の金額は、山田店における換金用商品の仕入先であった「菊丹」こと佐々木留司商店の従業員矢口が、山田店へ換金用商品を納品してその代金を受領した都度記入していた五六年七月二六日から五八年四月一四日までの山田店における換金商品仕入額と認められるところ、右通帳の一ケ月分ごとの合計額はいずれも「決算書」中の換金用商品仕入額(「菊丹ハイミー」と記載されている欄)と一致(明らかに計算違いの部分を除く)する。従ってこの限りにおいて、「業務内容明細書」や「決算書」が正しいものであるということが裏付けられる。

(2) 被告人が同店を訪れて「業務内容明細書」や「決算書」を閲覧し、用済みの後はそれらを廃棄するよう及川に指示したこと、瀬尾が五五年八月以降同店に赴いて現金出納帳等の監査を行なったことなどについては、被告人も瀬尾も認めている。

又瀬尾は五八年八月以降は「決算書」を確認して及川に歩合給を支給したと証言している。

(3) 「業務内務明細書」、「決算書」の作成過程についての及川証言が睦子証言とも符合する。

(4) 「業務内容明細書」、「決算書」の売上に関する疑問とは、具体的には及川が自分の歩合給をふやすために売上の水増しをしたのではないかということになるであろうが、たしかに、及川が被告人主張のとおりの不正を働いたことは及川も認めるところではあるが、逆にかかる不正の発覚後に更に同人が売上の水増をして自分の歩合給を引き上げようとたくらむということは考え難い。

(5) 「業務内容明細書」や「決算書」が及川の自室から発見押収されたということについては、及川がそれら文書を作成した目的や保管しておいた理由についての前記及川証書が特に不合理なものでもないので、右のことは何ら異とするに足らず、又及川が何か画策していたかのようなことを他人に漏らしたというのも事実のようではあるが、これも単に被告人から廃棄を命じられた文書を及川が廃棄せずに所持していたというに過ぎず、その文書が偽物だということを推定させることにはならない。

(6) 及川の証言態度には何ら不自然さや作為的なものもなく、又前記以外の証言内容にも何ら矛盾や不合理なところが見受けられない。

4  これらのことを総合すれば、結局及川証書には信憑性があり、延いては前記「業務内容明細書」(二五一)、「決算書」(二五二)にも信憑性があるものといわなければならない(但し、右各書証の売上合計中、五六年五月分、五七年九月分、五八年三月分、五八年一〇月分に明らかな計算違いがある)。そうすれば、右「業務内容明細書」(二五一)、「決算書」(二五二)を中心とした本件各証拠により、検察官主張の山田店の売上は、そのとおり認定することができる。

三  弁護人主張の経費支出について

弁護人は、本件の税額算出の基礎となる経費の確定につき、検察官の主張を争い、(1)被告人が業務出張する際の旅費、(2)被告人の業務遂行上必要な自動車の燃料、(3)被告人が業界情報入手のため関係者を接待するための交際費等について、更に多くの経費を認めて、これを所得から控除すべきであると主張しているが、いずれも 被告人が具体的に右のような費用を支出した事実についての主張立証が不十分である上、更に検察官の主張する経費の中に、既に交通費としてタクシー代など具体的に明らかにされているものの他毎年一二〇万円、三年間で三六〇万円が又交通燃料費として被告人の供述に基づく裏付けのある分として三年間で約三八〇万円が、交際費としても証拠のある分として三年間で約八五三万円がそれぞれ計上されているのであって、これらの経費は、被告人の本件パチンコ店の事業規模、営業活動の実態にてらせばまことに相当というべきであるから、これ以上に本件にかかる経費を認める必要はなく、結局弁護人の主張はいずれも理由はない。

(量刑の理由)

本件逋脱税額は、昭和五六年分四、〇七五万三、四〇〇円、昭和五七年分一億六、七八四万八、三〇〇円、昭和五八年分一億二、五七二万四、三〇〇円、合計三億三、四三二万六、〇〇〇円と高額であり、逋脱率も昭和五六年九六・七%、昭和五七年九七・七%、昭和五八年九一・九%と、著しく高く、また、その態様においても、売上金の一部を除外し、仮名預金に預けて隠匿するだけではなく、経理担当従業員に対して売上額から除外額を差し引いた残額を金銭出納帳に記載するよう指示するなど、その手段も巧妙かな悪質といわざるをえず、その動機においても、斟酌の余地はないところである。そして脱税犯は国民の健全な納税倫理を害して申告納税制度の存立を危うくし、税負担の不公平感を一層助長して国民の納税意欲をますます低下させ、延いては国及び地方公共団体の財政基盤を害しかねない悪質重大事犯としての性格を有するといわなければならないこと等を考慮するときは、被告人にこれまで前科前歴が無く、本件発覚後経理制度を改めるとともに、これまで本税額のうち二億五、八一八万五、七〇七円、利子税九万五、四〇〇円を納付し、本税額だけでも九、五五三万三、一九三円に上る未納税額を納付すべく努力中であるなどの事情を考慮しても、その刑の執行を猶予することは相当ではなく、主文掲記の量刑はやむを得ないものというべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 穴沢成已 裁判官 豊田建夫 裁判官 松井英隆)

別紙一(一) 修正損益計算書

<省略>

別紙一(二) 修正損益計算書

<省略>

別紙一(三) 修正損益計算書

<省略>

別紙二(一)

<省略>

別紙二(二)

<省略>

別紙二(三)

<省略>

別表A

検察官方式による推計計算表

<省略>

別表B(一)

釜石店における売上指数表

<省略>

別表B(二)

釜石店における売上指数による

58年6、7、8月売上表

<省略>

別表C

山田店における売上指数表

<省略>

別表D

宗像方式による算出額と実額表

<省略>

別表E

パチンコ台の入替状況表

<省略>

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